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オリジナル短編小説~#2「紅に染む日」-葛藤-~

紅(あか)に染む日

#2-2.葛藤

お風呂上りに夜風を浴びにベランダに出てみると、
気持の良い夜風が吹いていた。

私が住む街の夜中は思ったより静かだ。
しいて一つ言うならば、猫の喧嘩くらいか。
こんな平穏な暗い夜が私は好きだ。

もう来月からは新社会人になる。
社会に出たら愛子とも恐らく会えなくなるだろう。

「もう人生の夏休みも終わりかぁ」

楽しかった大学生活が終わる悲しみに浸ってはいるものの、新しい生活が始まることへのワクワク感も同時に感じていた。
自分が何か新しいものに変われるような気がしていたからだ。

「社会人ってどんなんだろな」

もう湯気すら立っていないグラスを片手に、私はぼーっと喧嘩が収まった猫のじゃれあいを眺めていた。

 

「美奈~!」

遠くの方から愛子がやってくるのが見えた。

「お待たせ~。じゃあ行こっか!」

「うん」

今日は愛子と卒業旅行として大分に温泉旅行へ行く予定だ。

「もう学生のうちに遊べるのはこの旅行が最後だね~」

「そっか、愛子は地元の企業に就職するんだもんね。もう明後日には引っ越すんでしょ?」

「ついに私もこの街を離れる時が来ました。なんかさびしいなぁ~。寂しいよ。で、美奈は東京か~。バリキャリだね。バリキャリ。」

「バカにしてるでしょ、絶対。」

「してないよ、褒めてるの。美奈はできる子なんだから!」

温泉旅行も遂に終わり、2人とも遊び疲れながらも車を走らせて帰宅していたが、1時間ほど無言の時間が続いていた。すると愛子が唐突に口を開いた。

「あのさ、美奈。会社で働くってどういうことだと思う?」

「どういうことって?」

「これからは今までの人生の2週分を働くわけじゃん。本当に世の中の人ってご飯を食べるために働いてんのかなって。そりゃあ、夢を追って努力して、スポーツ選手みたいに自分の得意分野で誰かを喜ばせることが出来る人もいるけどさ」

「会社で働く意味か~。やっぱり9割の人は生活のために働いてるんじゃない?まだ働いてもないから分かんないけど。」

「じゃあ残りの1割は?」

「それは生活のためじゃなくて自由や夢のために働いてるんだと思う。というか、そういう人種は働いてるって感覚なんてないのかもね、実際。」

「ふーん。意外と的を射てるかもしれないな~。じゃあ美奈は完全に前者だね」

「そう言われるとなんかムカつくんだけど。」

「違うよ。堅実に生きていきそうってこと。美奈っておおざっぱだけど意外と常識人じゃん」

「なんか私って面白みのない人間みたいじゃん。あながち間違ってないところがまたムカつく」

「私って意外と人間観察得意だからさ」

「なにそれ」

家に帰ると時計の針は夜中の0時を指していた。
疲れた私はそのままベットに倒れこみ、すぐに寝てしまった。

 

 

この会社に就職して2年目になる私は、多少の粗さはあれど仕事も板についてきて、なんとか頑張っていたが、やはり社会人になるとお互いのスケジュールの調整が難しく、愛子ともあの旅行以来会えていなかった。

「先輩~、今日の商談もう終わったんですか?ご飯食べに行きましょうよ」

「ごめん、里奈。今日の商談の資料まとめて明日までには課長に提出しないといけないから今日は無理。また今度ね。」

「仕方ないか~。この会社提出物にはうるさいからな~。絶対また今度ご飯行きましょうね」

「わかったから。ほら定時でしょ、今日はもう帰りなさい」

「は~い」

私にも後輩社員ができ、仕事ぶりを見られているという責任と多少のプライドをもってやっている。

「それにしても、この会社って本当に社内の提出物が多いな~。」

美奈は営業として出張することが多く、商談後に会社に帰ってから事務処理や提出資料を残業でまとめることが多かった。

「内勤の人は毎日定時に帰ってるのに労働量がえらい違いだな」

正直なところ仕事に慣れてきてはいたものの、仕事量のあまりの多さに心身をすり減らしてきているのは確かだった。今年に入って同じ部署から3人も退職希望者が出ており、もちろんその後釜は残った課員でフォローしていくしかなかったからだった。

「もういっそのこと私もやめちゃおうかな~」

やめることは何度も考えてはいたが、美奈にとってせっかく苦労して入った大企業をたった数年でやめる覚悟もなく悶々とした日々を過ごしていた。

 

朝起きると美奈の会社用携帯に数十件と課長からの連絡が入っていた。
次々と流れてくるメッセージに頭がついてこれなかった。

電話に出ると、

「いますぐ会社に来なさい」

今日は土曜日で休みだったが、呼び出されるということは、考えなくとも自分にとって悪いことが起きているのは一目瞭然だった。美奈は、どんな失敗をしたのか、どんな規模のミスを犯してしまったのかで頭がいっぱいだった。

会社につくとすぐに課長がやってきた。

「これはどういうことだ?なぜこんなことになった?」

状況を整理すると、美奈が新しく担当し始めた得意先で、美奈の会社の商品が新しく採用されていた。来週の頭から全国の店舗で使用される予定だったが、委託していた製造工場でトラブルが発生し、早くても1か月遅れての納品になるという。
もちろん大型の案件だったため美奈も逐一確認を取りながら、製造委託先、得意先と商談を進めていたのだが、溢れる仕事に気を取られ、もう納品するだけと思っていた心の油断から委託製造先からの重要なメールを1週間も見逃していたのだった。

「この度は私の不手際で多大なご迷惑をおかけしてしまい。大変申し訳ございませんでした!」

「もう来週から全国の店舗で使用予定だったんですよ。もう別の会社に製造依頼をかけました。当面御社には依頼は致しませんので。」

課長と訪問し謝罪をするも、数億円という案件であったため依頼を打ち切られることとなってしまった。

 

「私ってこの仕事向いてるのかな?こんなに頑張って働いて、でも報われることはなくて。大きな失敗して。挫折して。。」

美奈は今回の一件があり、1週間は有休を取るように命じられていた。

「なんのために働いてんだろ。私。」

その時、愛子との卒業旅行の時のことを思い出す。

「私ってやっぱり9割の人種なんだな。生活のために働くだけの…」

頭の中をいろんな思いが駆け巡り、目からあふれ出した涙を止めることが出来なかった。

家の外では、二匹の猫が大きな鳴き声で威嚇しあっていた。

 

次回は、
オリジナル短編小説~#3「紅に染む日」3-3.広い世界で~
です。

#アイキャッチには自作のイラストを使用しています。

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ヒロ
社会人4年目/25歳/食品商社で2年間営業した後、IT業界にシステムエンジニアとして転職/Java,PHP言語を扱う開発エンジニア