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オリジナル短編小説~#5「少年の夢」

この物語は平成最後のあるひと夏の物語である。

その少年の家は決して裕福ではなく、家の造りも外側が錆びたトタン板で囲まれている。そんな少年の父親は、ろくに働きもせずにただただ酒を浴びるように飲み続ける毎日を過ごしていた。
そして、酒におぼれては真面目に働きに出てほしいと泣きながら懇願するその少年の母親を殴り飛ばす最低な男だった。
そんな家庭でもその少年が平静を保っていられたのは、あることに熱中していたからだ。

「自由研究」だ。

そう言ってしまえば夏休みの宿題のイメージしか沸かないが、言葉通り「自由な研究」だ。
少年の部屋には工作に必要な工具やら図面やらがあちこちに散らかっており、それは子供部屋というより机が一つおいてあるような物置小屋のようであった。
今日もその少年は、暴れる父親の怒号と母親の泣き叫ぶ声をしり目に、何も聞こえてないかのようにひたすら研究の題材を考えていた。

ある朝少年は、題材を探すために近所の神社に足を運んでみた。すると、近くで4人の子供たちの声が聞こえてきたので、物陰から何をしているのかを少年は観察してみることにしてみた。

坊主の大きなガキ大将らしき少年がひ弱な男の子を投げ飛ばし、その横では投げ飛ばされた男の子の姿を見て笑う七三分けの少年と女の子がいた。
そのひ弱な男の子は、日常的にこの集団にいじめられているようだ。

その女の子はカメラを取りだすと、地面にたたきつけられてボロボロになった男の子に向かってレンズを向け、笑いながらこう言うのであった。
「苦しんでる姿をもっと撮らせてよ。苦しんでる姿を命がけで見せなさいよ。あなたらしく見せなさいよ」と。
その様子をじっと観察していた少年は、自分の目の前で指の輪っかを作り、その輪っか越しに4人の姿を覗いてみる。

そしてその時、少年は思った。
「なんて美しいんだ」と。

少年にとって、親指と人差し指で作った輪から見える景色が、普段見る景色とは違うなにか別の世界のように感じられていたのだ。
そう、このいじめも視野の外で起こっているのならば目には入らないし、その子らが何を言って何を言われているのか、どんなことが起こっているのかさえ知る由もない。
それ故に、少年は自分の視点からだけ見える自分だけが知る世界というものに魅せられていた。

家に帰ると少年は早速研究の題材を考え、計画を立てた。
犯罪や暴力の絶えない地獄のような地域で育った少年は、常に「死」を身近に感じていたのからだろうか、自由研究の題材に「人は死後どうなるのか」を選び、
「人は死んだら宇宙になる」という仮説を立てた。そして、銃を自作し自殺することによってその仮説を検証しようという計画を立てていた。

翌朝自分で計画した銃を作るための買い出しリストを手に、駆け出した少年のすぐ後ろでは今まさに1人の少女が男によって誘拐されようとしていた。
しかし、その少年の見ている世界には、その様子もその叫び声さえも映ることはなかった。

買い出しを終えた少年はビニールの袋を両手に抱えながら、今日も喧嘩が絶えない両親のいる家へとスキップしながら帰るのであった。
少年は家に帰るとすぐに、自分で立てた計画を書いた紙をもって外に散歩しに行く。
人気のない暗い場所で何か音がするのに気付いた少年はそっとそこに近づき、指で輪っかを作ってその場所を観察してみる。

そこには、顔の形が変わるまで殴り続けているスーツの男とその男に一方的に殴られているもう一人の男がいた。殴り終えるとスーツの男は静かに銃を取り出して相手に突きつけた。
しかし、構えたものの数秒経つと何故か撃つことを辞めてボロボロになった男を逃がしたのだった。

そんな様子を見ていた少年が手に持っていた計画書にはこう書いてあった。
「①このテーマのきっかけ→僕はなぜここにいるのだろう?そもそも僕はなんなのか。手も足もぼくのもの。→僕はどこにいるのか」
「②人は死んだら宇宙になる」
「③宇宙とつながるために」

~8月19日~

ある晴れた日、絶望した表情を浮かべた男は、くしゃくしゃの煙草を吸いながら銃の弾を捨て海岸に座り込んでいた。
すると、どこからともなく1人の無垢な少年が近づいてくる。その少年は、「人が死んだら宇宙になる」という馬鹿げた妄想を信じ、「銃の作成を手伝ってくれないか」と頼んできたのだった。
自分の人生を諦めていた男は、他にこれといってやることもないので、気まぐれにその少年に協力することにした。
「どうせ銃が完成すれば少年はその銃で自殺し、勝手に死ぬ。そのため、口封じの必要もない」と思ったからだった。

その日からというもの、廃倉庫にて銃を作るために材料を運んできてはそれを組み立てたり、本を読んで勉強しては悩んだりと、
男は少年とまるで子供の頃の夏休みに戻ったかのような時間を過ごした。

~8月31日~

遂に完成した銃を手に、少年は男とあの時出会った海岸に向かう。そして少年は、男があの時捨てた弾薬を探すために必死に砂浜を掘っていく。
弾薬を必死に探す少年の後ろでは、暴れる女子学生を2人の男が連れ去ろうとしていた。

遂に弾薬を見つけた少年は青く広がった綺麗な空を見上げる。
少年の頭の中には壮大な宇宙がすでに広がっており、自分の立てた仮説の立証に胸を膨らませながら、
笑顔で自分の頭に突きつけた銃の引き金を引いたのであった。

その頃、少年の家の近くの神社では4人の子供たちが楽しそうにカメラで撮った映像を見ていたのだった。
またあるところでは、少年の母親と父親が何やら楽し気な雰囲気で笑いあっていたのだった。
そして、またあるところでは新婚夫婦が仲睦まじく赤ん坊をあやしていたのだった。

その日は、身も心も温かく満たされていくようなそんな晴れた夏の一日だった。

~9月~

風鈴の音を聞きながら、縁側で日向ぼっこをしている老人の持つ新聞の記事の一面にはこう書かれていた。

「小学生男児 夏休みの自由研究で銃を密造」

少年の部屋の机の上には、「大変よくできました」シールが隅に貼られた1冊の研究ノートが置かれていた。

~あとがき~

少年に情が移ってしまったのか、男は思案したのち、銃の撃鉄を取り外し、自分の存在が知られる危険を顧みず少年を生かしておくことに決めた。
それ故に少年は生き残り、新聞の記事へとなっていった。少年の口からは男の存在が語られることもなく、男の行方は誰も知らないのであった。

男は少年を救ったヒーローであり、男が海岸で自殺するかもしれなかったことを考えると、「生きていればいいこともある」というのはヤクザ風の男視点の方がしっくりくるのではないだろうか。
しかし、この物語は基本的には少年の視点で描かれている。少年は終始狂気的に自分の立てた仮説を信じており、助かったのも偶然に過ぎない。
それでも少年の視点を中心に、美しい景色の描写と共に描かれていたのは、「この物語は『少年の物語』ではなく、『少年が見ている世界』を描いた物語」であるからだ。
何かに熱中し、全力で目の前のことに取り組む。そんな人が見ている景色は、「こんなにも美しい」のだと。ノスタルジックな夏の景色、少年が妄想しているワクワクするような宇宙のイメージ。
この少年が見ている景色こそがこの物語の本質で、その後ろで起きている事象は何が起きているのかを説明しているだけなのである。

「どんな街に生まれても、どんな境遇でも、自分の世界に入り込めるやつは美しい」のである

 

#アイキャッチには自作のイラストを使用しています。

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ヒロ
社会人4年目/25歳/食品商社で2年間営業した後、IT業界にシステムエンジニアとして転職/Java,PHP言語を扱う開発エンジニア