紅(あか)に染む日
#1-1.みちしるべ
自分は今までどんな世界で生きてきたのだろうか。
どんな生き方をしてきたのだろうか。
ふと、考えてしまうときがある。
決して、誰に聞いたとて答えが返ってくるわけではないが、
それでも、私をいつも見てくれている誰かがいて、そんな誰かが私に答えを教えてくれそうな気がする。
たまに、私の中に、私でない「ナニカ」が潜んでいるのではないかと錯覚する瞬間がある。
この世界で生きていくために、私が気づかないうちにもう一人の自分が顔を出しているのではないかと。そう、思ったりもする。
今日も、至って周りは普通だ。あの少ししおれたシャツを着ているサラリーマンも、エキナカでいつも新聞を読んでいるあの老人も。いつもの日常。いつもの風景。何も変わらない。
私がこの世界で働くきっかけとなったのは、大学時代に友人にある会社の説明会に誘われたことだった。
大学3年になり、就活が本格始動し、周りの大学生たちはみな意気揚々にエントリーシートを準備し始める。就活に対してそこまで熱がなかった私に友人の愛子が声をかけてくれた。
「あの食品メーカーの会社説明会に行こうよ」
その愛子も例に漏れず就活には積極的で、すでに内定がいくつか出ている様子だった。
「でも愛子ってもう内定出てるんでしょ?」
「行きたいから行くの。内定なんていくつあっても困ることはないんだからさ。」
「そんなに行きたいものなのかなぁ?」
「美奈のためでもあるんだよ!さっさと行動しなきゃ就職浪人でお先まっくらになっちゃうぞ~」
「ちゃんと行きますから!私だってやればできる子なんだからね。」
「その言葉忘れないからね~。じゃ、講義あるからまた後でね~」
頭が良く、真面目で、世渡り上手なそんな明るい彼女に少し嫉妬していたが、正直なところ自分もそんな風になりたいと憧れの存在でもあった。
「就活かぁ~。将来なんて今まであんまり考えてこなかったな。私って何がしたいんだろう。」
そんなことを考えていると、待ち合わせの時間ぴったしに愛子がやってきた。
「ごめんごめん。少し寝坊しちゃってさ。間に合ったよね」
「間に合ってるけど、寝坊って。まぁいいか。」
今日参加する説明会が行われる会社は、大きな自社ビルを持つ食品メーカーで、おそらく知らない人はいないだろう程の知名度を持つ会社だ。倍率も100倍は超えると言われている。
「これで本日の説明会を終わりにします。質問がある方はこちらの方まで…」
説明会が終わって、大きなビルから外に出る。
「ぶはぁ。なんか大企業って息が詰まるよね。例えるのが難しいんだけど」
「わかるな。なんかそれ。でも私決めた。ここ受けてみるよ。せっかく愛子が誘ってくれたんだし」
「え!本当に受けるの?意外だなぁ。私には合わないかもしれないから、譲ったげるよ」
「なに、その上から目線。私はやればできるこ子なんですからね!」
「はいはい」
「もぉ~」
正直就活に対して熱はなかったが、せっかくの機会を逃すのも違うと思い、本格的に就活を始めた。
7月も終わりに近づき、大学の近くの公園では、夏休みに入って時間が有り余っている小学生たちが遊んでいた。
「こんなゆっくりな時間もあと少しか」
私は、全部で5社の会社説明会に参加し、内定が2つ出た。内1つは愛子と一緒に参加した大企業の会社だった。
「返答期限は明日か」
家に帰るとすぐにその会社に電話をして、晴れて本内定が確約された。
「美奈って意外にやればできる子なんだね~。受かると思ってなかった」
「自分から誘っておいてなによ。私にだってプライドはあるんだからね」
「受かったからいいじゃん、これからは残りの大学生活を楽しも?ね?」
「もぉ~愛子ったら。まぁいいや。たのしまなきゃね」
私は周囲の意見に流されがちの人間だ。
でも意外と悪い方向へ行くことの方が少なかった。
その時はいつも必ず誰かに助けられてきたからだ。
愛子だってその一人だ。いつも私のそばにいてくれて、私を導いてくれる。
私は幸せ者だ。
次回は、
オリジナル短編小説~#2「紅に染む日」2-2.葛藤~
です。
#アイキャッチには自作のイラストを使用しています。